カナタ 二章 水の町 3




「こちらがラシータの弟のコルティア様。で、こっちがその巡礼騎士のマルセルだ」
「はじめまーて!」
「はじめまして、君がフィリカだね。俺はマルセルと呼んでくれてかまわないよ」

川沿いの緩やかな丘に皆で丸くなって座り込み、ジルに紹介を受けたコルトとマルセルは順番に挨拶をした。
「は、じめまして。フィリカです」
軽く緊張しながら、フィリカも恐る恐る挨拶を返す。

「ふーん…。カルラ族を間近で見るのは初めてだけど、本当に見事な紅い目をしてるんだねぇ」

心底感心しているかのような表情で、マルセルはジルを挟んだ位置に座るフィリカの顔をひょいと覗き込んだ。
突然マルセルの顔が近くにきて、フィリカはどきりとしてひるんだ様子を見せる。

「あんまり突然近づくなよ、驚いてるだろ。フィリカ、こいつは大丈夫だからそんなに緊張すんな」
はいはい、と笑いながらマルセルは姿勢を戻した。フィリカは軽く安堵の息を吐く。
二人の様子を見たジルは苦笑いして、マルセルに向き直った。
「マルセル、こいつは巡礼騎士ってもんに大分怯えてるみたいなんだ。あんまり驚かせるようなことはすんな」
「うん?怯えてるってどうしてだい?」
「お前らの前に会った巡礼騎士がリナリアとヴァレンなんだよ」
「うわぁ…それはそれは。怯えるのも仕方ないなぁ。俺もあの二人は怖いからね」
「一番食えない奴がよく言うぜ」
「思い切って煮てみたらおいしいかもよ?」
「…お前のそういうところが食えないんだよ」
「ふぅん。つまりジルはリナリアやヴァレンなら食えるわけだ。今度会ったら伝えておくよ」
「…相変わらずだなお前」

悪態をつきながらも会話を続ける二人は、なんだか妙に楽しそうだ。

「仲がいいのね」
フィリカは横にいるラシータにぽつりと尋ねた。ラシータも同じく二人を見つめていたようだった。
「…俺もよくは知らないけど、そうみたいだ。確か二人とも同い年だったはずだし」
「そうなんだ」
そうして改めて視線を相変わらず悪態をつき合う二人に戻す。
ジルはいつもにも増してくだけた態度で、マルセルとの言い合いを楽しんでいるようだ。
それに応じるマルセルも随分くつろいだ様子である。

「あにうえ。えっと、おげんきでしたか」
ラシータとマルセルの間に座っているコルトが、必死で言葉を選びながらラシータに向き合った。
「元気だったよコルト。お前も元気だったか?」
「はい!」
「そうか。よかったな」
嬉しそうに笑いながら、ラシータはコルトの頭を軽くなでた。なでられたコルトも嬉しそうだ。
見ていたフィリカもつられて笑顔になる。
「ラシータ、お兄ちゃんの顔になってる」
「え。べつに普通だろっ」
照れくさそうに目線を逸らしながらラシータは答えた。
その様子を見ると、ますます微笑ましく感じる。
フィリカはコルトに目線を合わせて笑顔で話しかけた。
「コルト皇子、おにいちゃんは優しい?」
「うん!とってもやさしいです!」
「そっかぁ。おにいちゃんのこと好きなのね」
「はい!だいすきです!」
丸いほっぺたを紅く染めて、コルトは満面の笑みを浮かべた。その笑顔を見てフィリカの頬も自然とゆるむ。
「うわぁぁぁかわいい。いいなぁぁラシータ。こんな弟欲しい!」
「フィリカにも弟がいるかもしれないじゃないか」
「あ、そっか。想像すると楽しいね。記憶喪失もそんなに悪くないかも」

そう言うと、向かいで小さく吹き出す音が聞こえた。

「おもしろい子だなぁ。カルラのイメージ変わるねぇ」
きょとんとするフィリカを、くすくす笑いながらマルセルが見つめていた。
「だろう?こいつが神の一族だぞ。カルラがみんなこいつみたいだったら伝説にする必要なんかねぇのにな」
「確かに気が抜けるねぇ〜。カルラの里に巡礼に行くのが楽しみになってくるなぁ」
「…なんか微妙に失礼なこと言われてる?私」
「うん、微妙にね」
「…マルセル…」

「そういえば」

頭を抱えるジルの向かいで、ラシータが口を開いた。

「巡礼はもう終わったのか。さっきマルセルが問題があるとか言ってたけど」
「あぁそうそう、忘れてました」
「なんだ、なんかあんのか」
真顔に戻ったジルがマルセルを見返す。
琥珀の目線を受けながらマルセルは不安げな表情になったコルトに向かって小さく頷き、それまでの笑顔を一転させた。

「聖地に行けないんだ。だから、今のままでは巡礼もできない」

ジルとラシータは、揃って目を見開いた。








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