カナタ 二章 水の町 2




「見えてきたな」
ジルの言葉に、ぼんやりと歩いていたフィリカは顔を上げた。
大きな山を背景に、遠くに集落のようなものが確認できる。どうやらそこが目的地のヴィン村のようだ。

それから歩みを進めるごとに、徐々にその村の様子が見えてきた。

「・・・川?」

村の中央に流れている大きな川を見て、フィリカはぽかんと口を開けた。

大きいといっても、幅は両岸が視界に収まる程度である。ただそれが途中で枝分けれし、いくつもの流れになって、村のあちらこちらを流れている。
幅の小さなものには簡単な橋が作られているが、筏や船が岸につけられている場所もある。
ちらほらと姿が見える村人たちはのんびりとした様子で船から釣り糸を垂らしていたり、川の水で洗濯をしている。
木造の家々の大半は川の間を縫うように配置されているが、川の上に建てられているものもあった。水の上に浮かんでいるかのようだ。
水と緑がたくさんの、のどかで暖かい印象を与える村だった。

「見てジルラシータ、水の上に家が建ってる!」

フィリカは目を輝かせて、村の入り口付近にあった川へと近づき手を伸ばした。

「冷たい!すごい、この川すごく澄んでる!魚もいるのかしら」
「たくさんいるらしいぞ。ここは川魚の料理が有名な町だ。食事を楽しみにしとけ」
「えっ魚料理!?おいしそう〜〜!!!」

嬉しそうにはしゃぐフィリカを見て、ラシータは目に見えてほっとした表情になる。視界の隅でそれを確認したジルは気づかないふりをした。

「腹減ってるだろうが先に神殿いくぞ。荷物も降ろしたいし、もしコルティア王子がいるなら挨拶しないとな。いい子だからもうちょっと我慢しろよ」
「…それって私に言ってる?」
「お前以外に誰がいるんだ」
意地悪く笑われ、フィリカは頬をふくらませた。それを見たジルが小さく吹き出す。
「いい歳してなんて顔してるんだ、って歳わかんねぇのか。まぁとにかく行くぞ」
ポン、と頭に手を置いて、ジルは先に歩いていった。
残されたフィリカは先を行く広い背中を見つめながら、触れられた辺りを片手で確かめ、妙に落ち着かない気持ちになる。

「フィリカ?」
「あ、ごめんなさい。すぐ行く」
ラシータに声をかけられて、フィリカは慌てて二人の後を追った。


「ジルじゃないか。それにラシータ王子も」

川沿いの道を歩いていると、横からのんびりとした声が掛かった。
フィリカが視線を向けると、対岸に青年と子供が腰を降ろしているのが見えた。

「そろそろ来る頃じゃないかと思ったけど、予想どおりだったな」
「マルセル!やっぱり居たか」

ジルが嬉しそうに呼びかけると、マルセルと呼ばれた青年はゆっくりと立ち上がった。

髪は明るい茶。日の光を受けて金色に輝いている。
癖のある髪は穏やかな目元にふわりと揺れて、顔に浮かぶ穏やかな笑みと共に見る者に柔和な印象を与える。
ジルに比べると少し線が細い体は、それでもバランスがとれていて、きちんと鍛えられていることがわかる。
物腰の柔らかな、品の良さを感じさせる青年だ。

「コルト様。ラシータ王子ですよ」
「あにうえ?」

マルセルに促され、隣に座っていた子供は立ち上がり対岸に視線を向けた。
それとほぼ同時に、ラシータも川岸へ近づき目を輝かせた。

「コルト!」
「あにうえだ!あにうえー!」

ラシータの呼びかけに答えるかのように、コルトは対岸に向かって両手で思い切り手を振っている。

(か、かわいい…!)

フィリカは思わず心の中で叫んだ。

耳のあたりで短く切りそろえられた金の髪。興奮したせいもあってか頬は赤く染まっており、対岸から見ても柔らかそうだ。
満面の笑みで力いっぱいこちらに向かって手を振る姿は子供らしい純粋さに溢れていて、思わず抱きしめたくなるくらいだった。
それでもきらきらと揺れる青い瞳が、ラシータと同じく皇族であることを物語っている。

「マルセル、もう巡礼は終わったのか?」
対岸に聞こえるように、ジルが晴れ晴れとした声で呼びかけた。
「いや、まだだ。ちょっと問題があってね。すぐそっちに行く。行きましょう、コルト様」
「うん!」

コルトが頷くのを確認して、マルセルたちは近くの橋へと足を向けた。

ジルもラシータも、二人と会えて嬉しそうだ。
フィリカは内心どきどきしながら、二人が近づいてくるのを待った。








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