カナタ 二章 皇族 4




「さっきのシグウス皇子は5人兄弟の長男にあたる。性格はまぁあの通りだ」
フィリカの部屋のベットに腰を降ろしたジルは、言いながら肩をすくめた。
その向かいの椅子に座ったフィリカはジルのおどけた様子に軽く笑って返す。
「その後ろにいたのが巡礼騎士さん?」
「あーそうだなあいつ名乗ってなかったな。そうだ。ヴァレンっていうんだが堅物でなぁ、昔から妙に突っかかってきたな。おかげで俺は今でもあいつが苦手だ」
「ふーん…」
生返事をしながら、フィリカはヴァレンが最後に自分に向けた鋭い視線を思い出す。
シグウスといいヴァレンといい、どう考えても好意的とは思えない態度だった。リナリアから忠告されていたとはいえやはり悪意には敏感になる。
ジルに尋ねてみると、「あれが普通だ」とあっさり返された。
「普通ってどういうこと」
疑問に思って尋ねると、ジルが苦笑しながら答えた。
「そもそも二人とも初対面の人間に好意を向けるような人間じゃないってことだ。シグウス皇子はあの通り“誇り高い”方だし、ヴァレンなんかは生真面目だから皇族以外の人間は皆警戒すべき敵だとでも思ってるんだろ。特にお前カルラだしな。要するに誰に対してもあんな感じだから気にすんなってことだ」
ジルの大雑把なフォローに気が緩んだところで、やはりフィリカが気にしていたのはラシータのことだ。

「ラシータ、シャリエール皇女の前と全然様子が違ったわね」

思い返すと、シャリエールとラシータの間に在ったのはごく自然な姉弟愛だった。互いが互いを大切にしている様子が見ていて伝わってくる。ラシータもシャリエールには気を許して歳相応に甘えていたのがわかる。
だが、シグウスの前では。
「シグウス皇子とラシータは、母親が違うそうだ」
「え」
フィリカは驚いてジルの顔を見る。
「ラシータ達の父親である現法皇オルヴェリア様には正妃の他にも複数の側室がいる。俺も詳しくはしらねぇけど、ラシータはその側室の子らしいな。で、シグウス皇子は正妃との間に生まれた子とのことだ。それだけでも皇族同士の微妙な関係がなんとなくわかるだろ」
法皇。複数の側室。正妃。
「はぁー…」
フィリカはついため息を吐いてしまった。
「兄弟みんな仲良く、っていうわけにはいかないのね…」
「そりゃそうだろ、あいつら兄弟全員で法皇の座を争ってるんだぞ。精霊が決めるってわけで蹴落としたりする必要はないにしろ、敵対心を持つヤツが出てくるのは当然だ。シグウス皇子なんてその最たる例だろ。自分が法皇になるもんだと信じて疑わない方だ」
苦笑しながらジルは言う。
ふと疑問に思って、フィリカはそのまま口に出した。
「ジル達は?」
「ん?」
「ジル達巡礼騎士はどうなの?」
皇族兄弟にもいろいろあるなら、それに付く巡礼騎士にもいろいろあるんじゃないかと少し深読みしてフィリカは尋ねた。
「…ま、当然みんな仲良しってわけじゃないな。ヴァレンなんかあんなヤツだし」
「リナリアさんとは仲良さそうだったのに」
「…あれは仲良しとは言わねぇ…」
ジルが渋い顔で呟く。


「…入るぞジル」

無愛想な声が聞こえ、2人が注意を向けると扉が開いた。ヴァレンだ。

「今ラシエルハルト様の所に行ったら多分こちらだと言われた。貴様…」
ヴァレンはそのまま睨み殺さんばかりの形相で部屋に足を踏み入れる。ジルの前までまっすぐに歩み寄った。
「皇子を一人部屋に残し、自分は女の部屋とは。不敬にも程があるだろう!貴様は自分が名誉ある巡礼騎士である自覚はあるのか!」
すさまじい剣幕で怒鳴り散らすヴァレンに、フィリカはすくみ上がった。言われた張本人のジルは慣れた様子で耳をふさいでいる。
「そんなでかい声出さなくても聞こえるっつの。いいじゃねぇかよ、今はあいつは一人にしといたほうがいーんだよ」
「皇子をあいつ呼ばわりとはなんたる無礼を!」
「はいはい、無礼者ですよー俺は」
「なんだその態度は、いい加減にしろ!大体貴様は普段から」
ヴァレンは顔を真っ赤にして怒鳴り散らしているが、ジルはまったく相手にしようとしない。
ヴァレンの怒鳴り声も徐々に慣れてきたフィリカは、所在なさげに二人のやりとりを見ていた。

「お前こそシグウス皇子の所にいなくていいのかよ。それはお前の言う不敬にあたらないのか」
「皇子が貴様と話してくることを許可してくださったのだ!好き勝手やってる貴様と一緒にするな!」
「別に好き勝手やってるわけじゃねぇって。シグウス様には敬意を払ったつもりだし」
「“皇族”に対する不敬を憤っているのだ自分は!」
「いいじゃねーかよ、ラシータがこれで良いって言ってるんだ」
「皇子を呼び捨てだと貴様…!それにこの女はカルラだろう!」
突然指を指され、フィリカは再びびくりとする。
「よりによってカルラの女の部屋に出入りするとは何事だ!下手したらそれだけで十分に不敬罪に値する行動だぞ!」
ヴァレンの言葉に、ジルは疲れたようにため息をつく。
「うるせぇなぁ、手出したりしねぇって。そんな面倒自分から背負い込んでたまるか」
「ふん、どうだか!とっくに手を出したあとだったりしてな。女を抱き放題か、それはさぞや楽しい旅だろうな!」
「ちょ…」
大人しく聞いていたフィリカはとっさに口を挟んだ。顔が一瞬にして熱くなる。

「何言い出すのよあなた!今の発言超下品!!!」
「うるさい!女は黙ってろ!!」
さらに失礼な言い草に、フィリカはさらにかっとする。
「黙るわけないでしょー!あんた今の言葉人として恥ずかしくないの!このさいてー男!」
「な…!!!!この女!!!」
ヴァレンは片手を勢いよく振り上げた。
フィリカは衝撃に備えてとっさに目を瞑り身をすくませる。

だが、予想していた衝撃はいつまで経っても襲ってこない。
恐る恐るフィリカが目を開けると、ジルがヴァレンの振り上げた手を押さえ込んでいた。

「…ヴァレン」

怒りの篭った低い声音が響く。

「今の台詞と行動は巡礼騎士と神の一族の名誉を貶める行為だと解釈する。今すぐこいつに謝罪するならシグウス様にも黙っててやるが、どうだ」

剣のような視線に刺され、ヴァレンは顔を赤くし言葉に詰まらせた。直後、奪い返すかのように押さえ込まれていた腕を振り払う。

「罪人の血を持つ貴様なんぞに指図される覚えはない!いいか、法皇になるのは我がシグウス様だ!わかったな!!!」

ジルの動きが一瞬にして止まる。
うわずった情けない声で叫んだ後、ヴァレンは出て行った。

部屋には重たい沈黙が残された。








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