カナタ 二章 皇族 3




「…なんで何も聞かないんだ」

部屋へと向かいながらラシータが唸るように言った。

「ん?何がだ?」

その少し後ろを歩くジルが普段どおりの様子で返事をした。
その返事に思わずかっとなったラシータは、勢いよく振り返りジルと向き合う。
「何がじゃない!僕…俺は、ジルに話してないことがいっぱいあるんだぞ!なんで聞いてこないんだ!」
光を宿した碧眼に強く睨まれ、ジルも足を止める。必然的にその後ろにいたフィリカも歩みを止めた。
「そりゃそうだろ、お前は皇族で俺はただの騎士だ。お前が話さないことは聞かないし俺からも聞かない。主に仕える臣下としちゃ当然のことだ」
淡々と答えるジルを見て、ラシータはますます感情を煽られる。
「主とか臣下とかそんなの関係ないだろ!気にならないのかよジルは!あの女って誰なんだとか、不必要な感情ってどういうことなのかとか!俺が言ってないことがあっても腹立たないのか!!」
「お前は俺の仕えるべき主だし、俺はその臣下に過ぎない。俺一個人の感情はその事実よりも優先されることはないんだ。お前だってこれまで皇族として生きてきたんだ、わかるだろ」
「そんなの…」
再び食い掛かろうとしたが、途中で言葉を飲み込み唇を噛んだ。こぶしを強く握り締めて俯く。
ジルは片手で頭を掻き、ラシータと同じ目線になるようにその場にしゃがみこんだ。

「お前は俺に、どうして欲しいんだ」
「……」
「俺は確かにお前に対して態度の悪い巡礼騎士かもしれない。だからといって主従関係を飛び越えるつもりはねぇよ。それがややこしいならこれから徹底して臣下としての態度で接したっていいんだ。さっきのシグウス皇子に対してみたいなやつな」

後ろで二人を見つめるフィリカは、ジルの言葉に先程の慇懃な礼を思い出す。
普段の態度からは想像もできない、上品で美しい仕草。指先一つにも隙がなかった。

立派な騎士様みたいだった。それこそ物語に出てくるみたいな。

ふいに顔が熱くなってしまったのがわかり、今はそれどころでないと小さく頭を振って雑念を追い出す。目の前のしゃがみこむ背中に視線を落とした。

「俺はお前の巡礼騎士だ。お前が主として命じるならそれには従う。どんな命令であろうとな。で、お前はどうして欲しい。俺にどんな風に扱われたいんだ」
「どんなって…」
真摯な表情でまっすぐに見つめられ、ラシータはたじろぐ。

答えなくてはいけない。それでも言うべき言葉が出てこない。

目を泳がせるラシータは、ふとジルの後ろに立つフィリカと目が合った。とたんにみるみる顔を赤く染める。

「いい!今までどおりでいい!先部屋に戻る!!!」

一気にまくし立てて、ラシータは大股で逃げるように廊下の角を曲がっていった。乱暴に部屋の扉を閉める音が聞こえる。

その音を確認したあと、小さく息を吐いてジルが立ち上がった。
「…あ〜…俺もしばらく部屋に戻れねーなぁ…。あいつが落ち着くまでお前の部屋にいてもいいか」
振り返りながらジルは情けなさそうに言う。
「それはもちろんかまわないけど。…いいの、ラシータ」
「いいんだよ、いつものことだし俺がこれ以上何言ったって多分逆効果だ。ただでさえ苦手なシグウス皇子と会っちまったばっかりだしな。しばらくすれば頭も冷えるさ」
それにしても、と大きく伸びをしながらジルは続ける。
「あいつは一体何が気に入らなかったんだ。普段から子供扱いされるとすぐヘソを曲げる奴だけど、今回のはそういうわけじゃないしなぁ…」
「…ほんとにわかんないの、ジル」
「ん?」
きょとんと見つめ返され、フィリカは「推測だからね」と前置きをしてから言葉を続ける。
「ラシータはジルと対等でいたいの。ジルに一人の人間として認められて、同じ位置に立ちたいのよ」
ジルは意表を付かれたようだった。目を丸くしてフィリカを見る。
「…お前にはそんな風に見えるのか」
意外そうな声音で尋ねられ、フィリカはじれったそうに口を尖らせた。
「見てればなんとなくわかるわよ。ラシータはジルのことだいっすきなの。対等になりたいのにそうなれないのが悔しいの多分。ジルってば鈍い?」
ぽかんと口を開けてフィリカの言葉を聞いていたジルは、次の瞬間両手で顔を覆いながら体が縮みそうなくらい大きなため息をついた。
その大袈裟な様子にフィリカが思わず怯んでいると、なんとも情けない声が聞こえてきた。

「あぁーーー…それよく言われんだよな、鈍いってやつ。俺鈍いのかやっぱり」
「…他の例はよくわかんないけど今回の様子を見る限り鈍いと思うわ」
「だよなぁ、俺も今改めて自覚した。…そーか、あいつ俺がそんなに好きか」
「いーじゃないの、好きだとなんか問題なの?」
「いや…問題っていうか…」
そこまで言ってジルは言葉を詰まらせる。フィリカが手で覆われた顔を覗きこむと、指の間から苦いような嬉しいような曖昧な表情が伺えた。…これってもしかして。

「照れてる?」
「照れてねぇ!」


ムキになって言い返され、フィリカは我慢できず吹き出した。








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