カナタ 二章 皇族 1




ラキの街を出て、小さな村で宿を取りながら、三人はまっすぐに続く道をひたすら歩いた。
身分を明かさず旅をしているが、上質な衣服や雰囲気でどう見ても普通の旅人には見えない。小さな村で宿を取るときなどでは、宿主がかわいそうなくらい恐縮した態度で接してくる。なまじ身元がわからない分へたなことはできないのだ。
泊まる部屋はラキの街の宿舎に比べ質素な印象だった。それでもその宿では一番の部屋を用意してもらっているらしい。
ラシータ、ジルは同室で眠り、フィリカだけ別室である。付いていくだけの身としては妙に心苦しい。
「一緒でもいいのに」
と何気なく呟くと、ジルがすかさず答える。
「いいんだよ、こいつ無駄に金持ちなんだから。それにお前が同じ部屋だと落ち着かないだろ」
「えーなんかやらしい言い方」
「俺じゃねぇ!ラシータがだ!!!」

道中の相変わらず二人の言い合いに口を挟まないラシータは、顔を赤くしたり頬を膨らませたり尖らせたり百面相で忙しい。ここで口を挟んでも子供っぽくて悔しいし、かといって気を使われたように話を振られるのもまたおもしろくない。なので、そんなときは黙ってひたすら前を歩くことにしていた。



街を出て数日経ったある日。沿道の小さな村の宿で、温かな雰囲気の食堂で三人でテーブルを囲んでいた。

「明日には次の聖地に着くぞ」
山菜を炒めた料理を口に運びながらジルが言う。
「わかってる、ヴィン村だろ。最初にアンジェリカ姉様が巡礼した村だ」
「もしかしたら誰かとはち合わすことになるかもなぁ。順番から言ったらコルティア皇子あたりか…。だったらいいんだが」
初めて聞く名前に、フィリカがふと疑問に思って顔を上げる。
「そういえば、今巡礼してる皇族って何人いるの?」
「皇子がこいつ入れて3人、皇女が2人。全部で5人だな。同じ数だけ巡礼騎士も付いてる」
「へぇ…。けっこういるのね」
言いながら、フィリカは別れ際のリナリアの言葉を思い返した。皇族にも巡礼騎士にもいろんな人がいる、と言っていたが。
「ラシータは一番下?」
今度はラシータ本人が答える。
「違う。もう一つ下に弟がいるんだ」
「え、弟!?おにいちゃんなのねラシータ。うわぁ会ってみたい」
ラシータよりも年下だということは相当幼い子供ということになる。フィリカは想像して頬を緩ませた。それを見たジルが笑う。
「かわいいぞ〜コルティア皇子は。明日の村ですれ違うだろうから楽しみにしとけ」
「え〜ほんと!?楽しみ!ラシータは仲いいの?」
キラキラした目で問われ、ラシータは思わず目を逸らす。
「…昔から、コルトとはセットにされることが多かったんだ。子供のころはよく遊んだ」
「そうなんだ。じゃあ明日会えるのが楽しみね」
まるでもう大人のような言い方をするラシータに、さらにそのことに突っ込まない少女に、ジルは内心で小さく笑った。
「その弟くんの巡礼騎士さんはどんな人なの?」
ジルのほうに顔を向けて、フィリカは再び尋ねた。
「あ〜マルセルな。いろんな意味で食えないやつだがリナリアよりは取っ付きやすいから安心しろ。明日紹介してやる」
フィリカがリナリアを苦手と考えていることがわかっているのだろう。
ジルのささいな気遣いがなんとなく伝わり、フィリカの表情が緩んだ。
「…うん、ありがとう」
「とりあえず食え」
「うん」
そうしてフィリカは止まっていたスプーンをもつ手を再び動かし始めた。
その様子を上目遣いで見ていたラシータも、思い出したように食事を再開する。



「…見慣れた顔だと思ったら、お前かラシータ」



ふいに、後ろから硬質な声が聞こえた。
ラシータがびくりと身を震わせ、ジルも食事を運ぶ手を止める。
聞きなれない声と二人の反応にただならぬ気配を感じ、フィリカも動きが止まった。

険しい表情で、ラシータがゆっくりと首を巡らせる。
そして想定していた人物を認めるとすばやく席を立ち上がり、その人物のほうへと向き直る。

「…お久しぶりです、シグウス兄上」

その声は、シャリエールを呼ぶときに含まれていたような親しさが含まれていなかった。

フィリカも、ゆっくりと声の方向へと視線を向けた。








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