カナタ 一章 出会い 3




「お…お前、誰だ」
尻餅を着いた姿勢だが、必死に冷静さを取り戻そうと、それでも情けなく少し上ずった声でジルは少女に尋ねた。
ラシータは、少女の覚醒と悲鳴にすっかり驚いてしまい、思わず隠れてしまったジルの背中から顔を覗かせている。
同じくどきどきする胸を片手で押さえながら、少女は目の前に突然現れた二人を観察する。
知らない人たちだ。
さらに、今のジルの質問の意味を考えると、自分とこの二人とは初対面だということがわかる。

「…ていうかそれ私が知りたいんだけど」
「は?」

がばりと起き上がり、膝を突いて少女はジルに迫る。

「ねぇねぇ私たち初対面なのよね!?ここどこ!?私が何者なのかわかる!?」

少女に気圧され、ジルは尻餅の姿勢のままさらにのけぞった。

「さっき起きたらいきなりここに居たのよー。なんか知らない匂いだし、場所だし、誰もいないし。夢かもしれないからもう一回寝てみたけど何にも変わってないの!てかそれはいーんだけど、根本的に自分が何者なのかさっぱり思い出せないのよー! ちょっとこれどういうことだと思う!?」

「い…いや待てお前とりあえず落ち着け!寄ってくるな!冷静になれ、冷静に! おいラシータお前もびびってないで横に座れ!」
ジルは少女を右手で制しながら、首を巡らせ自分の背中にいるラシータに呼びかける。
とっさにジルの背中に隠れてしまった自分に気付き、バツの悪さで顔を赤らめながらラシータはジルの横に腰を下ろした。

ジルも冷静さを心がけながら少女の前に胡坐をかく。
「…で、さっきまくし立ててたお前の状況を整理すると。お前はここがどこで、なぜ自分が居るのかわからない。さらに、自分が何者なのかもわからない。そういうことか?」
「うーんそーゆーことなんだけど…なんかもー何もかもさっぱりなのよ」
口を尖らせ、少女はお手上げといった様子で言った。
「さっぱりって。お前なぁー…」
ジルはがくりと肩を落とした。
「要するにあれか、記憶喪失か。まぁ記憶喪失はいいとして、や、全然よくないけどとりあえすいいとして」
鈍った頭を回転させ、今のところの一番の問題点を思い浮かべ、ため息をついた。
「…お前が倒れてたこの場所が問題なんだよな」
「場所?」

言われて、少女はあらためて辺りを見渡す。
どこまでも続くかのような草原。さっきと変わらない。

「…ただの草原じゃないの?なんか問題??」
「大アリだ」
ジルの眉間に皺が集まる。

「ここは『聖地』と呼ばれる場所だ。この国の人間なら子供でもまず近付かない。入り口に見張りを立てて、厳重に管理されている場所だ。つまりお前みたいな女が無防備にここに倒れているわけないんだ。…普通はな」

低い声音に、少女は怯んだ様子を見せた。
「そ…そんなこと言われたって!私だってなんでここにいるのかわかんないんだし」
「俺もわかんねーよ、ていうかこんなん俺の思考範疇外過ぎるわ!あぁもうなんで覚えてないんだお前!」
「ええええ何その投げやりな言い方。ていうかあんた初対面のはずでしょ?なのにそんな適当な態度ってどうなのよ!」
「あーうるせぇうるせぇお前記憶喪失のくせになんでそんな元気なんだ!」
「何よ、記憶がないのは私が悪いんじゃないもの!覚えてないけど!」
「わけわからん屁理屈堂々と言ってんじゃねーよ!」
「だって覚えてないもんはしょーがないじゃないーー!!!」
八つ当たりの呈でぎゃーぎゃー言い合う二人の横で、ラシータは蒼い瞳をこぼれんばかりに見開いて少女を見詰めていた。
「…ジル」
「あぁ!?なんだ…」
勢いで粗暴な返事をしてしまったが、ラシータの表情を見て言葉を飲み込んだ。
「この子の目…」
「目?」
ジルは改めて少女の顔を見た。そして、ラシータの表情の意図を理解する。
「お前…カルラ族か!?」
「へ?」
少女がきょとんと丸くした瞳。その色は――――深い、緋色。

「な、何。私の目がそんなに重要?」
二人の驚きの理由がわからない。二人に驚愕の瞳で見つめられ、内心どきどきしながら少女は尋ねた。うーん、と唸りジルは独り言のように呟く。
「…お前みたいな緋色の目を持っているのは、この世界ではカルラ族しかいない。お前がカルラだとしたら、この場所に倒れていたとしても説明はつくな。理由はともかくとして」
「ジル、王都に連絡すべきかな。記憶喪失で聖地に倒れてたカルラなんて意味深すぎるよ」
「待て、街まで戻ればリナリアたちが居るかもしれない。俺らだけで判断するには事が複雑すぎる。とりあえず相談だな」
「じゃあ、今日の『巡礼』は中止?」
「あーでも巡礼地すぐそこだし、見られても問題ないだろうし、済ませようぜ。できるか」
「できるよ!」

ぽんぽん進んでいく会話に口を挟めず、というか新しい単語のどれから突っ込んでいいのかわからず、少女はどうしようかと交互に瞳を巡らせた。
「…ねぇ。今の会話、私にもわかるように最初から説明とかしてくれたりしないわよね?」
おずおずと尋ねると、ジルのジト目が返ってきた。
「…俺は記憶喪失になったことがないからどーなってるかわからんが…。お前は記憶がないのか、知識がないのか、常識がないのか、どれなんだ」
「んー正直現状でいえば全部になるのかなー?」
「悪びれずに言うな!…しかしまぁ、カルラじゃ仕方ないか…」
額に手を置き、ジルは諦めたように深いため息をついた。
「…ラシータ、とりあえずお前が『巡礼』してる最中に適当に話しとく。お前は集中して『力』を使え。帰りも歩きだからちゃんと考えて使えよ」
「わかってるってば、いちいちガキ扱いすんなよ!じゃ、先行くからな!」
ジルを睨み、一瞬だけ少女を見てから、勢いよく立ち上がりラシータは草原を進んでいった。

しばらく進んでから立ち止まり、躊躇しながらジルたちのほうを振り返る。
「その子にあんまりきついこと言うな!一人ぼっちなのにかわいそうだろ!!!」
バカジル!と最後に言い捨て、踵を返し、大股でずんずん進んでいった。
残された二人は呆然とその様子を見守る。

「…えっと、あの子、もしかして私のこと心配してくれてた?」
「…らしいな。バカだってよ。まー確かに俺も動揺しすぎたしなぁ…」
言いながら、バツが悪そうに頭を掻く。
「そういえば」
「ん?」
「今のバカジル!って。あなた、ジルって言うの?」
今更ながら二人の名前を聞いていなかったことに気付き、少女は尋ねる。
「あぁそうか、まだ名乗ってなかったな。そうだ、俺はジル。ジル=バーゼリアだ。で、あいつはラシータ。正式名はラシエルハルト=クロード=アナスタシア。」
「な…なんか大層な名前なのね、あの子」
「当たり前だろ、皇子なんだから」
ラシータの背中を目線で追いながら、ジルは何でもない事のようにさらりと答えた。
少女はぎょっと目を見開く。
「…皇子!?あの子皇子様なの!?」
「一応な。俺はそのお供みたいなもん。…さて、皇子様がいなくなったところで」
琥珀色の瞳に、鋭い光が宿った。
突然刺さるような眼差しを受け、少女はひるむ。ジルは重々しく口を開いた。

「俺は、お前を疑わなければならない」








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