カナタ 一章 出会い




「疲れてないか」
「大丈夫だってば」
心配しすぎなんだよ、と口を尖らせながら、少年は丈の長い草を踏みしめる。歩みを進める度に足元に揺れる草がくすぐったくて、でも笑ったりしたらまた子供扱いされるのがわかっていて、それが悔しいから我慢する。今年で10歳、どうしたって子供扱いされる少年の小さな意地だった。

だが、少年は子供だと言い切るのをためらうような雰囲気を纏っていた。

首元で括られた紺色のマントで膝上まで体を覆らせていて、着ている服は見えない。マントの揺れに合わせて、繊細な模様のある指貫グローブを付けた手が覗く。マントもグローブも、一目見るだけで上質なものだとわかる。だがその上質さは、少年の纏う凛とした雰囲気によく馴染んでいる。
髪は漆黒。耳にかからない程度にキレイに切り揃えられていて、少年の顔立ちを引き立てている。一番目を惹くのは深い青の双眸。まっすぐに前を見据える瞳と、ほんの少し釣り上がった目元が意志の強さを象徴する一方で、ほのかに赤い頬と丸みを帯びた輪郭が、少年がまだ子供であることを主張する。
瞳と調和するように置かれている顔全体の造形を見れば、人を惹き付ける容姿に成長することは間違いないだろう。

少年の呟きを聞き流し、青年は言葉を続ける。
「まぁ疲れたら早めに言えよ、休憩するから。今からバテられたら意味ないしな」
「バテないよっ!」
ムキになって反論する様子を見て、青年の顔に意地の悪い笑みが浮かぶ。
「ふーん。ちょっと前に疲労だか風邪だかで寝込んだのは誰だったか?」
「そ…っ。あ、あのときはあのときだ!もう治ったんだから、それでもっと体は丈夫になったはずなんだ!」
「どんな理屈だソレは」
不機嫌な表情で大股で歩く少年を見下ろしながら、青年は苦笑して気付かれないように少しだけ歩くペースを落とす。
何しろ昼食を食べてから歩き通しだ。鍛えられた戦士ならともかく、並みの人間なら徐々に疲れを感じる頃合である。この少年は育ちの割には体力があるといえども、やはり子供だ。自分のペース配分も分かっていない。
そしてもう三月近く少年と旅を続けている青年には、少年の呼吸が手に取るようにわかる。
(到着の前に一旦休むか。さてどうやってこの意地っぱりをなだめるか…)
視線を前に戻しながら、青年は琥珀色の瞳に思案の色を浮かべる。

少年に感じるのが上質さであるなら、隣を行く青年に感じるのは精悍さであった。

速度を落として歩く足取りは軽いが、その瞳には強い光が宿る。その他の比較的くっきりとしたパーツと合わさり、妙に存在感を感じる顔立ちとなっている。
少年と同様にマントを纏ってはいるが、少年のように体を覆うのではなく背中に流していて、歩くたびにふわりと舞う。マントから露にされた身体は服を着ていても鍛えられていることがわかり、広い肩から斜めに肩紐を付け、剣を背負っている。
同じく上質な素材で造られているが、ゆるく着崩された衣服や、襟足が無造作に伸びた茶色の髪は、見る者に粗野な印象を与える。それでも青年の精悍な姿勢や、表情で、決して下品にはならない不思議な雰囲気を持っていた。


その後も二人は淡々と歩き続けた。
そろそろ目的地に着く。歩きながら、青年はしかめ面をしている少年を横目で見た。思わず再び苦笑いが浮かぶ。
(ここで一旦休むか)
少年はさっきの会話ですっかり頑なになってしまった。あんまりからかうのも問題かもな、と軽く反省しながら、自分が疲れたからという題目で休憩を申し出ようとした。
そのとき。

「…ジル。誰か、倒れてる」
「…は??」

少年が呆気にとられた様子で呟き、ジルと呼ばれた青年は視線の先を追う。
そしてその視界に認めたものを見て、琥珀色の目を見開いた。

「…嘘だろ!?」

視線の先にあったのは、草に覆われてはいるが、どう見ても人間の足だった。








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